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ほどほどに生きる

私の治療薬が変わってから、2か月ほど経ちました

おかげさまで、効き目はあるようなのですが、地味ーに副作用があって
寝込むほどじゃないけど、調子が悪くてちょっとお仕事までは手を出せない、という日もありまして
ご迷惑をおかけしております

今日も、抗がん剤投与のため病院受診をして、先ほど家に帰ってきたのですが
やはり、疲れてしまい、夕食の準備まで一休みしようかなと思っているところです

じゃあ、ブログなんか書いていないでさっさと寝ろよ、と言われそうですが
ブログを開けてみたら1か月以上更新がないので
ちょこっと近況や思うことを書き込んでから休もうと思い立ち、今PCに向かっています


6月もいろいろありましたね
今月の私にとっての1番のニュースは「小林麻央さんの病気」についてですね

ご本人・ご家族がどれほど大変か、ご心中お察し申し上げます

いつも、読んでいる現役の医師のブログに書いてあったのですが
時に、かなり大変な状況でも復活して日常生活を取り戻している場合もあって
それは、奇跡ではなくって
医学の常識とかエビデンスとか、そんなものを超えてしまう事象が起きることが本当にあるんです

いったいどういう条件がそろえば、そのようなことが起こるのかはわかりません
まじめに治療に取り組み、生活を見直し、回復に向けて努力しても、回復しない時もあるし
そうかと思えば「え?こんなことってあるの?」と思えるような回復を見ることもあります

こればっかりは、人間の範疇ではわかりえないことなのでしょう

麻央さんには、ニュースになってからいろいろ、よく知りもしない「専門家」があれこれ言ってますが
悲観的になる必要はないと思っています

私は医師ではないけど、助産師の仕事を通して、医学の常識だけでは考えられない事象を経験することもあります
地に足の着いた現実としての「医学」は大事ですが、人知を超えた「感性」も無視できません

とにかく1日も早いご回復を願ってやみません



がんのような生死にかかわる病気じゃなくっても、治癒するのに長期にわたる場合や
ずーっと治療しながらお付き合いしていくしかない疾患を抱えている場合
このような長期戦は、身体的にも精神的にもかなり消耗することが多いのではないでしょうか

うちでいえば、私がまずそうですし、息子の慢性疾患だってそうです

でも、先の見えない治療に取り組んでいたからと言って
簡単にあきらめてしまえばそれっきりだと思うんですよ

辛いのに、「根性論」だけで頑張れ!というのには、私は反対です
生きていれば、病気じゃなくっても誰だって苦しい事や悲しいことが目の前に起こります
弱っているときに、追い打ちをかけるように頑張ったって空回りするばかりか、余計にこじらせてしまうときもあります
ただ、辛いからと言って常に自分を「絶望の淵」に追いやってしまう必要はないんだと言いたかっただけ・・・・


大変な事態が起きたとき
人の考えうる範疇を超えた奇跡が起こるのかどうかもわからないし
もしかしたら、想定していた以上の悲しい結果になる可能性もあるかもしれません

そんな不確実な未来があっても、できる範囲で
「如何に今を大事に考え、その時その時の状況に合わせて1番いい方法を選択する」
ということを、わずかながらでもしていけば
病気の回復・進行にかかわらず、もしくは人生で悲しみや苦しにの中にいても
当人の納得のいく答えがどこかで、ポンと出てくるもんだと
どこかで、自分の知らないタイミングで、人生の岐路をいい方に自然とかじ取りできていた、なんてことがあるもんだと
私は勝手に思っています。あくまで、私が思っているだけです

だから、私は、ガツガツとポシティブでもないし、常に悲観的でもない
「今目の前にある問題を1番いい形で解決するにはどうしよう」
焦点を合わせているところはそこですね

私だって、悲しくて泣けてどうしようもない時だってあるんですよ
そういう時は我慢せず、人に迷惑をかけない程度に吐き出すようにしています
(人に迷惑をかけるっていうのは、暴力をふるうとか物を壊すとか、暴言はいてモラハラに走るとか、そういうのです)

私のように病気で苦しんでいる人もいれば
人間関係に苦しみ毎日が辛い人もいるでしょうし
私の仕事の範囲で言えば、子育てで悩み苦しんでいる人もいます

苦しいな~悲しいな~という時には
基本的には、冷静に理性的に物事への対応を考えられる自分を残しつつも
時には毒を吐き出し、泣いてみたり、気晴らししてみたりするのもいいもんだと思うんですよ

どんな偉業を成し遂げた人であっても、人は完璧ではありません
辛いときは辛いし、悲しいときは悲しいんですよ



麻央さんも北斗さんも私と同じ病気ですが
症状も進行度も違いますので、一緒に考えることはできませんが

1つ思うのは
「統計学的な生存率云々で簡単にあきらめないで、人生どうなるかなんて誰にも解らないのだし
どうしようもない『宿命』もあるけど、未来は何通りかあるのだから・・・
結果に執着をしないこと前提で、もしかしたら生きることに一生懸命であればいいことあるかもよ」
(いいこと、が何なのかは人によりますけど)
悲劇のヒロインになるのも、人生のスーパースターになるのも自分次第
そんなことを考える今日この頃


私は、自分に起こっている、もしくは経験してきた「悪いこと・嫌なこと」がもうどこかの誰にも起こってほしくないと思って生きています

どうか、多くの人が病気や諸々の辛苦によって悲しむことのない日が来ますように・・・

それでは、今からひと眠りしたいと思います^^
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