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産んでくれてありがとう

あっという間に1ヶ月経ってしまいました

1ヶ月に1回の更新を目標にしておりましたが
気が付けば11月も半ば


ところで、本日44歳の誕生日でした
この歳になるとわざわざ誕生日を喜ぶようなことはしませんが
旦那が毎年ケーキとお花を買ってきてくれます
こういうのはいくつになっても嬉しいですね^^


お誕生日と言うとその本人をお祝いします

我が家でも子供たちの時も旦那の時もケーキを食べたり、プレゼントを買ったりしてお祝いしました

ですが、今でも思い出すことがあります

私のお師匠様である安保先生のお言葉ですが
「お誕生日は自分を産んでくれたお母さんに感謝する日」

このことをテーマにした先生の詩があるのですが、これがちょっと感動
(内容を載せれなくてごめんなさい)

無事に1年経ち、歳をとることができたことに感謝できれば
自分を産んだ母だけでなく、支えてくれた人たちにも「ありがとう」と言えるのかもしれませんね


当然ですが私にも母がおります
今年で70になりましたがとても元気です

1人っ子である私と母は、私が若いころまでは
ちょっと大げさですが「宮沢りえ親子」もっと古く言えば「美空ひばり親子」のように
母子密着が強く、そこから抜け出すのに苦労しました

今の関係は良好なんですけどね

そんなことがあったため、先生の詩を見たときにも感動しても自分の母に「産んでくれてありがとう」とはなかなか言えなかったのです

それでも、私を愛し一生懸命育ててくれたことには変わりありません

私も子供を産み、歳を取り、社会で生きて行くことの大変さを知るようになってから
30を過ぎてからようやっと母に「産んでくれてありがとう」と言うことができました


私の場合、親子関係に多少問題があったとはいえ両親に愛されていました

でも、中には自分を守ってくれるはずの親から虐待などの仕打ちを受けた人もいるかもしれませんね

そんな場合でもこの世に生まれてこれたこと、産んでくれた親に感謝しろと言う人もいるようですが
産んだというだけで親としての役割を果たしていない人たちに感謝しろとは私には言えません

お産を扱うものとして、出産の大変さを知っていますと
例えどんな人であろうと自分の身を削って出産したであろうことを考えると
そこは感謝されるに値するのかもしれませんが

産まれた子に対して責任を持って愛情を持って育ててこそ、初めて感謝されるのではないでしょうか


「産んでくれた人がいるからこそあなたが今そこにいられるのよ」
この世に産まれてきたことそのものを感謝する、という意味なんでしょうけど

いい人生を歩んでいれば、そう思えるかもしれませんが
不遇な中に身を置いているとそうも思えないかもしれません

こう考えるとシンプルに「産まれてきたこと」を感謝する、というのは案外難しいのかもしれませんね


そう純粋に思えるようになるときは悟りを開いている時でしょうか

まだまだ煩悩の多い私としては「この世に生命を受けたこと」に対する感謝まではなかなかできずにいます


ただ、今思うのは育てている子供たちが別に私に感謝してもらわなくてもいいんですけど
「産まれてこれたことに」、「ありがとう」と思えるような人生であってほしいですね

私も、子供たちが「産んでもらって良かった」と思ってもらえるような母でありたいと思います



自分の誕生日ですが、思うところがあって
ちょっとばかり語ってみました
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